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セルフレジの「抜き打ち検査」はなぜ起こる?万引き犯扱いされた不快感と、店舗が守るべき顧客体験の未来

「ピッ、ピッ、ピッ…」軽快なスキャン音とともに、カゴの中身が次々と精算されていく。スーパーのセルフレジは、共働きで時間に追われる私にとって、まさに救世主だった。列に並ぶストレスもなく、自分のペースで会計を済ませられる。今日も無事に買い物を終え、清々しい気持ちでレジを離れようとした、その時だった。

「お客様、少々お待ちください!」

背後からかけられた声に、心臓が跳ね上がった。振り返ると、店員さんが私の方へまっすぐ歩いてくる。手には、やけに長いレシートが握られていた。

「申し訳ありませんが、ランダムチェックにご協力いただけますでしょうか?」

ランダムチェック?私の頭の中は一瞬で真っ白になった。「え、私、何かした?」声には出せなかったが、全身が凍りつくような感覚に襲われた。周りの客の視線が、まるで私を万引き犯とでも決めつけるかのように突き刺さる。汗がじんわりと手のひらに滲んだ。「まさか、私が疑われてる?」「こんなはずじゃなかったのに、なんで私だけ…」

店員さんはにこやかに(私にはそうは見えなかったが)レシートとカゴの中身を一つ一つ照合し始めた。その間、数十秒だったはずなのに、永遠のように長く感じられた。私の心の中では、焦り、恥ずかしさ、そして何よりも深い不快感が渦巻いていた。「もうダメかもしれない…こんな思いをするなら、もう二度とセルフレジなんて使いたくない…」その日の夕食のメニューも、特売で手に入れた食材の喜びも、すべてが吹き飛んでしまった。ただただ、この場から消え去りたい一心だった。

この「抜き打ち検査」は、決して珍しいことではない。多くのスーパーで導入されているセルフレジでは、万引きなどの「ロス」を防ぐために、様々なセキュリティ対策が講じられている。中には、高額商品や特定の商品がスキャンされた際に自動的に点検を促すシステムや、完全にランダムに選ばれた客にチェックを行うものもある。店舗側からすれば、これはビジネスを守るための「必要悪」なのだろう。しかし、その「必要悪」が、私たち顧客の心に深く刻み込まれる不信感や屈辱感を生み出しているとしたら、それは本末転倒ではないだろうか。

現代のPOSシステムは、かつてないほど進化している。スマレジのような高機能なシステムは、在庫管理から売上分析、さらには顧客行動のデータ収集まで、多岐にわたる情報を提供してくれる。AIを活用した不正検知技術も日進月歩だ。にもかかわらず、なぜ未だに、人間による「抜き打ち」という、あまりにもアナログで感情的な摩擦を生む方法に頼らざるを得ないのだろうか。それは、システムが完璧ではないという現実と、万引きによる損失が店舗経営に与える深刻な影響の表れでもある。

しかし、顧客体験を犠牲にしてまでセキュリティを追求する姿勢は、長期的に見れば顧客離れを招きかねない。私たちは単に商品を買いに来ているわけではない。そこには、スムーズな買い物体験、信頼感、そして店舗への「安心」を求めている。万引き対策は重要だが、その手法が顧客の尊厳を踏みにじるものであってはならない。

では、どうすればこのジレンマを解決できるのか。一つは、「透明性の向上」だ。点検が行われる可能性があることを、事前に明確に、かつポジティブな言葉で伝える。例えば、「より良い店舗運営のため、一部のお客様にランダムチェックをお願いしております」といった掲示や、レジ画面での優しいアナウンス。そして、店員は「お手数をおかけしますが」という謝意とともに、笑顔で、そして素早く対応する訓練が必要だ。

二つ目は、「技術とヒューマンタッチの融合」。AIによる高度な不正検知システムを導入し、本当に疑わしいケースに絞った対応を可能にする。同時に、点検が不要な顧客に対しては、店員が「いつもありがとうございます」と声をかけるなど、人間味あふれる接客で信頼関係を築く。例えば、万引き防止の専門家が、カメラ映像をリアルタイムでモニタリングし、不審な行動が検知された場合にのみ、店員が介入するような仕組みも考えられる。これは、まるで「目に見えない警備員」が、本当に必要な時だけ姿を現すようなものだ。

セルフレジは、私たちの生活を豊かにする便利なツールであるべきだ。その利便性の裏で、顧客が不快な思いをしたり、不信感を抱いたりすることは、決して望ましい未来ではない。店舗は、セキュリティと顧客体験という二つの重要な要素を、いかに高い次元で両立させるかという課題に直面している。顧客が「またこの店に来たい」と心から思えるような、スマートで、かつ温かい買い物体験の創出こそが、これからの小売業に求められる真の価値となるだろう。